冷笑
なんかちょっと前に流行りましたよね。「😅」とか文末につけて煽るコメントとかそういうの。まぁ良くは無いですね。頑張ってる人とか何かに夢中になってる人に対して、何も行動していない人が安全な場所から攻撃するのは卑怯だと思います。
ただ、私もそういう気質があります。でもそれは他人に対してではなく自分に対してです。
例えば、自分が何かしらのエッセイっぽい文章を書くとします。それを確認のために読み返すと、自分の脳内の批評家が「難しい言葉使って利口ぶってる😅」とか「自分に酔ってそう😅」なんて言い出して文章に赤ペンを入れていきます。私はその思考が常に自分に向いているのです。
そう考え始めると、本当はそんな意図は無いはずなのに、本当に自分が「ダサい」「カッコつけてる」「滑ってる」と思い始めて結果的には何も出来なくなってしまいます。
他人には思ったことはありません。むしろ他人の自己分析やエッセイなどはその人らしくて大好きです。でもその対象が自分になった途端に許せなくなります。
きっと自分は内罰的であり、先回りして防御しておきたいんだろうなぁと思います。先回りして自分の中で被害妄想をしておけば、実際に“被害妄想の中で予め組み上げたような野次”を飛ばされても、「はいはい自分でも分かってますよ」って納得できるからです。
何かアクションを起こした時に自分を俯瞰的に見て、その自分を意地悪な批評家の自分が評価して、結果冷笑したり添削して自己嫌悪に陥る負のループ。循環型の自己嫌悪。
だからといって、この性格を治したいとは特別思ってたりはしません。ある程度、思考のブレーキにはなっているし余計な事も言わずに済む。でもたまにその批評家が働き過ぎて疲れちゃうな🎶っていうこぼれ話。
今回ブログに書いたのも、特に悩んでるから困ってますとかそういうのではなく、「こういう考えがあるんですよね」っていう一種の自己表現みたいな……。もちろん、この文章を読み返している時にも批評家が「また変な事言ってら😅」とか「どうせすぐ恥ずかしくなるくせに😅」って言ってきています。でもあえて載せます。抽象的な思考を言語化し文章として組み立てる事に意味があるのです。
きっと、同じように「自分をあまりにも客観視してしまう癖」がある人は結構多いんじゃないかと勝手に思ってます。そんな方に向けて、「分かるよそれ。自分もこうなんです」って共感したい気持ちも少しあったり。
人間誰しも矛盾を抱えて生きているのですから、「こんな自分は嫌だけど、それでも自分を変える気は無い」というスタンスでこれからも過ごしていきま〜す。おしまい。
ちなみに疲れた時に聴くプレイリスト(一部)をご紹介

この中で一番好きなのは凛として時雨のEnigmatic Feelingです。PSYCHO-PASSサイコー
